鳥頭の戯言

鳥頭が囀る戯言日記

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The road to nowhere

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つらつらと書き連ねていても、なかなか踏ん切りがつかないので、これでおしまいにします。


またどこかの街角で、そうとは気付かないままに、すれ違いましょう。











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  1. 2010/02/24(水) 07:28:02|
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ささやかな秘密

昨夜は早めに眠ったせいか、採血の恐怖からくる緊張のせいか、今朝は五時過ぎに目覚めてしまった。 早起きはなんたら、を実践しようと、お裾分けして頂いた大根を下茹でしたり、資料を読んだりしている。 先週の金曜くらいから、いやな咳が続いているので、そのせいで目覚めてしまったのかもしれない。


大根は小ぶりではあるが瑞々しくて、何より無農薬ということなので、下拵えも楽しい。



友達は大根が嫌いだという。 彼女はわりと食べ物にしろ人にしろ好き嫌いが多いらしい。


もちろん大人なので、ご馳走になる時は、出されたものを美味しくいただくし、顔にも出さない。
そんなええ格好しいが二人とも似ていて、やっぱり類友だなあと、笑ってしまう。


人間性を疑われそうだが、実は私も好き嫌いが多い。

食わず嫌いではなく、本当に苦手なもの、嫌いなものだ。



ここで何が嫌い、あれが嫌いと挙げると、大人として色々差し障りがあるので控えるが。


今のところ、本当に気心の知れた人にしか、打ち明けていない私のささやかな秘密である。


さて、言いたい放題のこの駄文ブログも、後何回更新できるだろうか。


勝手な言い種ばかりを、つらつらと思い付くままに上げてきた。


初めて駄文を上げた日から、すでに5年近くの時間が流れている。


大した成長もせずに、アジアの片隅でどうにかこうにか今も生きている。


最後まで、今しばらくのお付き合いをお願い申し上げる鳥頭であります。
  1. 2010/02/23(火) 06:59:17|
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梅花開雪柳

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昨年は、松本清張大先生の生誕100年にあたり、たくさんのイベントがここ北九州でも行なわれたようです。


テレビドラマでも「点と線」や「悪いやつら」などが放映されたけれど。


私は松本清張大先生の大ファンと言うより、敬愛し、ご尊敬申し上げている。

多作な方なので、全て読み尽くすにはまだまだ時間がかかるとは思うけれど。


小春日和の一日、二回目の松本清張記念館へ連れて行って頂いた。


何度訪れても、興味は尽きず、東京から移築されたという書斎や書庫に圧倒される。


生前そのままの書斎の床には、煙草の焼け焦げまで遺っており、魔人と呼ばれた大作家のありし日が偲ばれる。 膨大な資料が詰まった書庫などは、もはや絶版となった、貴重な本がたくさん積まれており、許されるのであれば、ここに住みたいくらいである。

資料、その数三万点と聞いた。 優れた作家は必ず読者家でもある。 この膨大な資料全てに、目を通されたに違いない。


ああ。 なんてこの街は素晴らしいのであろうか。

清張大先生が、44才まで過ごされた小倉。



この街のいたるところに、足跡を感じる事が出来る。


記念館では、現在、遺作となった「神々の乱心」の特別展示が行なわれている。


私も、この作品をようやく買い求め、駄文を書き散らす合間に読み進めようと思っている。



作品中の舞台はあちらこちらに飛ぶが、私のふるさと群馬も序盤に登場する。


最初の一文からすでに、引き込まれてしまうこの素晴らしい作家の生まれ故郷に、住んでいる幸せをしみじみと噛みしめてしまった

記念館の隣には、秀麗な姿の小倉城。 立地的にも非常に素晴らしいのである。


二回目にも関わらず、快く連れて行って頂いて、本当に本当にありがとう。


今度は、ぜひ半日くらいは記念館に張りつきたいので、よろしくお願いします。



興奮してガラス越しなのも忘れて覗き込んでしまい、おでこを思い切りぶつけたのは、どうやら、ばれていないようだった。


41才で文壇デビューと、遅咲きだったにも関わらず、生涯に書かれた作品約1000冊。

その全てが、今でも多くの人を魅了している。
まさに、文壇の魔人である。

ただただ圧倒され、感銘を受け、立ち尽くした一時であった。







  1. 2010/02/22(月) 16:49:52|
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恩讐の果てに

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本格的にこちらへ越して、1年10ヶ月。 それ以前に約4ヶ月。 間に長崎に1ヶ月、福岡の糟屋郡というところで1ヶ月。 九州で過ごした日々は合わせて、2年4ヶ月におよぶ。
特に後半の13ヶ月は、経験した事のない熾烈な日々で、誤解や悪意の曲解に、戸惑い悩み苦しんだ日々だった。孤独、罪悪感から不眠に陥り、体重は最大で11キロ落ち、服のサイズは2つ変わった。人格の全てを否定され、朝まで泣いた事もある。しかしながら、私のどこにそんな強さが潜んでいたのか。自分でも驚く程に、自分の不始末のツケを払い、悪意や絶望と闘い、誤解を一つずつ解き、問題解決に向けて渾身の力を持って立ち向かった日々でもあった。
誤解を一つ解く度に、それを上回る新たな誤解を招き、まるで果てしなく積み上げては崩される、賽の河原の亡者のように思える時もあった。それでも、そうせざるを得なかった人の苦しみや怒りを思えば、私の苦しみなど取るに足らないものであったのだ。
その日々の中、たくさんの人々に出会い、助けられ支えられ生きてきた。 元々の友達はもちろんの事、前職の同僚、上司、身内や、新たに知り合い、付き合いが続いている人、その場かぎりだった人、群馬県人会の皆さん、県人会の繋がりで知り合った救命士の皆さん、いつもほんのちょっと、おまけして下さった八百屋のおじさん、お花屋さん。バスの運転手さんやタクシーの運転手さん。ネット上の知り合いや友達も含めると相当な数にのぼる。
その人たちのおかげで、孤独な夜も乗り越えてこられた。
日本のみならず、海外のネットユーザーとも、私の拙い英語力と、それを添削してくれる拙い日本語のやり取りに救われ、慰められた夜もあった。悲しかった事、辛かった事も数えきれない程あったはずなのに、通りすぎてしまえば、そのどれも今は優しい記憶に変わっている。


その優しい記憶が、この先の私の人生において、慰めや力を与えてくれるはずだ。
人生において、無駄な事など何一つありはしない。怒りや苦しみ、悲しみですらそうだ。 私たちは、生まれながらに絶望を乗り越え、新たな幸せを掴む強さを持っている。どんなに辛くとも優しさや心は1ミリもすり減らない。


今朝、北九州は小雪が散らついた。


私の生まれた街では風花が舞っているだろう。
鬼石の寒桜は、雪の中で健気にも、凛とした強さと美しさで、今を盛りと咲き誇っているだろうか。

最大の懸案だった人の、新たな幸せを見届ける事まで出来た事は、何物にも代えがたい喜びであり、
今は何をも恨む気持ちなどなく、どの人も私の中では恩人に思える。ただただ、己の至らなさを伏してお詫びするのみである。



全ての人々に深い感謝と愛を込めて。
  1. 2010/02/19(金) 07:56:54|
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コーヒー信奉

20100217141604
昨日届いたプレゼントの中に入っていたもの。

コーヒードリッパー。


使わないから、良かったらどう? と聞かれて

一緒に送ってとお願いしたものだ。


私は自他共に認めるコーヒー好き。



毎朝起きて、ねぼけまなこでコーヒーを落とす。



コーヒー好きには理由があって、昔、新聞記事か何かで、コーヒーには発癌作用を抑える効果があると知ったからだ。


私の家系は癌家系で、祖母は胃癌、祖父は肺癌で亡くなっている。
親戚の叔父も叔母も癌だった。

劣性遺伝は一代飛んで出ると言うので、それからは祈りすら込めてコーヒーを飲む事にした臆病者だ。



コーヒー好きだねぇ、と言われるたびに、やや複雑ながらも


美味しいじゃん、とだけ答えるようにしてきた。



全く笑える程の気休めに過ぎなかったが、私のコーヒー好きは、もはや信奉に近いものがあるのだ。
  1. 2010/02/17(水) 11:15:22|
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